数々のご応募有難うございました。←別に懸賞じゃ御座いません。

早く決めてあげなきゃお婆ちゃんが可愛そう!って事で、ズラさん決めたよ。


お婆ちゃんの名前は・・・









ズラゑ









たーやん にお礼を言っておいてね。


その他、数々のアイディアを頂いた皆さん!

父ちゃんお礼申し上げます。


アリガトヨーヨー(*≧∇≦)/--------((礼))

毎月恒例になってきたようです。

月初めのランキングジャンプアップと、その後は毎日下降線・・・

気にはしていないと言いつつ・・・やはり気になる訳で・・・


トコロでですね、イマイチ捻りが足りない(性格は捻くれていますが・・・)父ちゃんの硬い頭に、新しい風を吹き込んでもらおうと思って記事を書いております。どんな風が必要かというと・・・


ネーミングのセンス


なんですよ。いつも優しいコメントを寄せて頂いている、ズラ大将さん のご家族なんですが、お爺ちゃんとお婆ちゃんがいらっしゃるんですよ。んで、ブログの記事の中でお爺ちゃんは『ズラ太郎』として登場されるんですが、お婆ちゃんは『お婆ちゃん』としか紹介されていないのです。(過去記事で写真と実名を紹介したらしい)


そして、ズラさんの記事のコメントでこんなやり取りがありました。


父ちゃん:んで、提案なんだが婆ちゃんにも名前をつけようよ。

ズラさん:いいネーミングあるなら使わせていただきます。


父ちゃん必死こいて考えたんだけど、いい名前が浮かばないんだよね。


ズラ美→お婆ちゃんって感じじゃないよな?

ズラ子→なんの捻りも無いべや!

ズラの局→ズラ太郎が居るんだから局はねぇべ?

ズラ代→ちょっと良いか?でもな・・・

ズラ里→ズラリって読むのか?何だかなぁ~


なんか良い名前ない?


スイマセン!今日も記事だけUP逃げです。

最近、朝起きてカーテン開けるのが怖いです・・・

徘徊は明日にでも伺いますので・・・皆さんお知恵を・・・

昨日の記事では、皆様にご心配をおかけしました。ドモヽ(∇ ̄ヽ)三(ノ ̄∇)ノドモ

裏父ちゃんには、コメント及び記事に関する回答がありました。どうも、事を急いてしまったようですね。なんせ、名指しで記事にされちゃったもんで、父ちゃんはチョッと動揺してましたかね?

皆さんのいわれるとおり、もうチョッと待つべきでした。こうした文章のやり取りだけですもんね。こちらのペースが、そのまま相手のペースにはならないんですね。チャットじゃないんだからね。やはり、気分が落ちている時にシリアスな記事を書くべきではないですね。


ところで、今日は仕事始めです。社長の訓示がありました。


曰く・・・


『来年度も厳しい・・・』、『仕事は切れ目無く入るので効率よく・・・』

う~ん。忙しくても儲からないって事ですか?(-""-;)


そして、父ちゃんは本日、苦渋の宣告を行いました。下僕への1年間に渡る別会社への派遣通知です。しかも道外のとある県。本人の為に、会社の為に酷なる通知をしたのですが・・・苦しいですね。彼の今の生活を壊しちゃうんですからね。それは解っていても鬼にならねばならないんです。

最終的に承諾するかどうかは、本人の判断に依ることになります。父ちゃんとしては是非、行ってもらって一回りも二周りも大きくなって戻ってきてもらいたいのですが・・・流石に1年は長いですよね。


大きな会社だと、転勤や配置転換なんて日常茶飯事のようにあるんでしょうが、構成人数100人にも満たない、小さな会社だと大事件発生なんですよね。彼自身も結構なショックだったようで・・・


でも、しょうがないよね。それがサラリーマン社会なんだからさ。

彼の代わりに父ちゃんが行くって言ったら、『許されるわけねぇべや』って言われちゃった。社内に居たくない人が会社に縛られて、社内に居たい人が外に出されちゃうなんて皮肉だね。


今日もこの人達に癒される事にします。


東芝EMI
アイアン・メイデン: ライヴ・アット・ロック・イン・リオ

暴風雪波浪警報なんだよ~

明日(もう今日だね)から仕事へ行くんで、早起き雪掻きをしなければ・・・

会社は5日が仕事始めなんだけど、父ちゃんと一部の人間だけ早出です。

時間の制約が無いので、何時に会社へ行っても良いのだけれどね。


それともう一つ。

ちょっとショックな事があって立ち直りに時間が必要なんで・・・


ある方のブログ記事ににコメントを入れたら、名指しで記事にされてさぁ~・・・記事の内容はそのコメントに対する、ご自分の考えを載せて、父ちゃんにどう思う?と問いかけでした。

父ちゃんなりに一生懸命考えて、コメントを返しました。デリケートな質問内容なので、コメント欄には書ききれず、裏父ちゃんに正式に記事として回答を上げました。そのURLを再度、同じ記事のコメントとして書き残しました。


そしたらさぁ~質問に対する回答コメントを返す前に、自分なりに結論付けた記事を書かれていて、父ちゃんのコメントは無視、もちろん裏父ちゃんの記事にもコメントなし。


それだけなら、まだ見ていないんだなって思うんだけど、URLを乗せたコメントを入れる10分前位に、新しい記事を上げているんだよね。それも、眠たくなってきたからもう寝るとか・・・そんな内容でさ。せっかく交流を持てて、父ちゃんの感じている事に対して質問を投げかけられたので、精一杯答えたつもりだったんだけど・・・1日様子を見てみたんだけど・・・変化無しなので・・・


裏父ちゃんはデリケートな方が多いので、コメントは控えていたんです。でも、お付き合いのある方の記事にはちゃんと目を通していました。その事も最初にお断りしていたんですがね・・・ちゃんと見ているか試されただけなのかな?という訳で・・・繊細な父ちゃんの心はチョッと傷ついたんです。


癒してもらいましょう。この方たちに。

BMGファンハウス
反撃の蠍団~ワールド・ツアー2004

※ルドルフ兄ちゃん格好良いね!かなり年寄りな筈なんですが・・・


おせち料理ってのは、3ヶ日かけて食べるために作るって何かで聞いた事があるんだけど本当かな?でもさ、いくら中身が立派で種類が豊富でも、三日三晩食ってたら飽きるよな?それであの有名なコピーが生まれた訳だ。


インド人もビッツリ


おせちに飽きたらカレーもね!




ただな。こんなキャッチコピーに素直に踊らされてもつまんねぇべ?

父ちゃんが教えちゃるよ。(知っている人には有名なんだけどね・・・)



カップ麺をイタリア料理に変えてしまうってワザなんだけどさ。

至って簡単に実現できちゃうから、勇気のある人はやってご覧!



用意するものは以下の二品。


①日清カップ○ードル(しょうゆ味)

②牛乳


もう判ったべ?その通りだよ。








お湯の代わりに沸騰した牛乳を使うんだ。








3分待って蓋を開けてみれ?


あ~ら!美味しそう!


汁を飲んでみれ?

お~これは!ポタージュスープのような!


麺を食ってみれ?


イタリアーン!


いや、まぢで美味いから!

でも・・・












野菜ジュースとか使うなよ。毒物になるから

まぁ何だ。気が向いたらなんて言いつつも、調子に乗りやすいって事が解ったべ?タハハ。

突飛なリクエスト有難う!


かしまし娘・・・娘?

ゴールデン・ハーフって外人ぢゃね?


でもね、上記2組のリクエストは論外!です。(笑)


まぁね。父ちゃんの年齢を考えるとさ。

ネーミングはバツグンだが・・・ これはこれで怖いよ


こんなのが来なかっただけ、まだましなのかも知れない・・・懐かしいよねぇ~『シャボン玉ホリデー』 記憶の片隅にうっすらと残っていたりします。白黒TV画面で!(爆)


本題に入りましょう。

父ちゃんの筆を卸してくれたのは、この女性です。


カルメンマキ


カルメン・マキ嬢。知らない人は『時には母の無い子のように』しか知らないと思うけど、彼女はものっそいパワーを持った『ハード・ロック・シンガー』なんですよ。『私は風』って曲が有名(一部でかな?)で、中森明菜の『歌姫』ってアルバムでもカバーされていますね。NHKでね、カルメン・マキ&OZのライブを中継していたんですよ。後に『LIVE』としてリリースされたL奴です。「ごめんねシゲ。アタッチメント踏んじゃった。」って台詞もバッチリ憶えています。春日博文のギターも凄かったけど、父ちゃんは川上シゲの歪んだベースに痺れていました。




外せないでしょう


2人目です。浜田麻里嬢。外せませんね。リクエストも最も多かった。デビュー当時は大騒ぎですよ!現役女子大生でしたから!何だかんだで活動暦は今年で22年目ですもんね。最近はまた、ハードな路線に戻ってきているようです。デビュー間もない頃に札幌でLIVE参戦しました。『Spacer』ってスピードチューンがあるんですが、それを客に唄わせていました。麻里ちゃん。あれは貴女じゃなきゃ声が出ないよ!父ちゃんにとっては永遠のアイドルであるわけです。





最近復活しましたね。


3人目は寺田恵子嬢。最近またSHOW-YAとしての活動を再開していますね。しっかりしたテクニックを持ったガールズ・バンドでした。彼女はケバケバ大好きな父ちゃんのハートをガッチリと掴みましたね。胸元につけた薔薇のタトゥーが印象的でした。SHOW-YAのLIVEは観た事が無いのですが、Led ZeppelinのImmigrant Songをステージで演っていた筈です。確かZepの曲をステージで演るには、事前申し出をして、許可を得ないといけないと聞いたことがありますが、女性バンドではSHOW-YAが初めて許可をもらったと記憶しています。





いや~娘にしてぇ~



4人目は倉木麻衣嬢。ミディアム・テンポの黒っぽい音が父ちゃんの心を癒してくれるんですよ。宇多田ヒカルの2番煎じなんて言われた時期もありましたけど、父ちゃん的にはMai-Kですね。宇多田のように存在感が強いわけじゃないし、MISIAのように力強くもない。ちょっと弱々しいところが良いのです。父ちゃんが助けてやるぞ!って感じにさせてくれる。いやぁ~この子が娘だったら言う事無しですわぁ~



最近の大ハマり


5人目は陰陽座の黒猫嬢。父ちゃんの蛇回し(北海道の某FM番組ではHeavy Rotationの事をこう言います)リストの中でも1,2を争う位聴いています。小柄な体のどこからそんなパワーが出てくるの?って感じで、非常にパワフルなヴォーカルを聴かせてくれます。曲調によって、アイドル歌手のような唄い方もできるし、演歌歌手のような唄い方もできる器用な人ですね。残念ながら未だにLIVE参戦は果たせていません。DVDとCSの録画のみでしかステージを見ていませんが、是非とも生で見てみたいですね。ちなみに陰陽座というバンドですが、Iron MaidenとJudas Priestのトリビュート盤に日本代表で唯一参加しています。

2月にBEST盤が出ますね・・・予約しちゃいました。



ここに加えたい女性がもう一人いたんですよ。Betty Blue、GanglandそしてRajasに在籍していた河内倫子嬢なんですが、画像が見つかりませんでした。この嬢はベース弾きなんですが、フィンガーピッキングとは思えないほどパワフルでしっかりした音を出していたんですよね。ハードロックサミット等でRajasのメンバーとして復活しているようですね。


記事のタイトルで引っかかった方が多数いらっしゃるようです。(それを狙った所もあるのですが・・・)しかし、テーマはしっかりと音楽ネタであることに注目してね。驚いた事にエッチなTBが全く付きません!以前は記事をUPした途端にエロトラバが4つもパパーンと入って来た事もあったんですが・・・この記事はどうかな?


***** 追記*****

スマン!偉大なる女性ミュージシャンを記述していなかった!それも現在進行中のだよ!2人も!


ランナウェイズのサンディーって名前で出ていました メリッサ・オフ・ダマーって名前で出ています。


←NYで活躍中の『The Holy Fingers』のこりんご嬢



福岡で活躍中、メンバー募集中のtomatoma嬢



※写真は父ちゃんの勝手なイメージです。

こちら詳細写真

明けましておめでとう御座います。

お( ̄○ ̄)め( ̄◇ ̄)で( ̄△ ̄)と( ̄0 ̄)う( ̄ー ̄)!

2006年もよろしくお願いします。



新年なので、何か記事を書こうと思っていたのですが、良いネタが思い浮かびません。お神酒の飲みすぎで、多少酔っ払い気味なので、調子に乗って父ちゃんの女性遍歴でも教えちゃいましょうか!父ちゃんは外人が大好きです。金髪大好きです。偽物の金髪でもOKです。なので、今回は外人編って事で!

では、父ちゃんを通り過ぎていった(今も掴んで離さない娘も居ますが・・・)女性達をご紹介しましょう。


父ちゃんの初めての女性はね・・・この娘でした。



スージークアトロ


Suzi Quatro嬢です。

小柄な体でブンブンとベースを振り回す姿に痺れたもんです。今聴きなおすと、歌はあんまり上手じゃないですね・・・少しハスキーがかった、高い声が魅力的です。今はもうすっかり『肝っ玉かぁさん』みたいになってます。後ろに写っている、ギターのオッサンと結婚しました。マジで悲しかった青春の思い出です。ちなみに今BGMでかかっています。






オリビアニュートンジョン


二人目はOlivia Newton John嬢です。

Musicalや映画もこなすマルチな女性ですね。『そよ風の誘惑』って曲がありまして、父ちゃんは今でもこの曲を聴くと心が癒されるんですね。Have you never been mellow?なんてね。後半の方になるとPhysicalなんて大ヒットを飛ばしました。ちなみに杏里の『Oliviaを聴きながら』はこの人のことです・・・確かね・・・そうだった筈・・・





デボラハリー



冒頭でも触れた、父ちゃんを掴んで離さない娘がこの娘Deborah Harry嬢です。いわいるNew Waveの旗手として、New Yorkから飛び出したBlondieってバンドのVocalです。最近は音楽よりも映画のほうで名前が売れているようですね。『死ぬまでにしたい10の事』で主人公アンの母親役で出演しています。Dreamin'は最高の名曲です。






ボンドご一行様


父ちゃんの音楽嗜好の幅の広さがここに出てきます。BONDご一行様。左からGay-yee Westerhoff嬢、Eos嬢、Haylie Ecker嬢、Tania Davis嬢ですね。『めざましTV』に出演したのを観て一目惚れです。こういった感じのクラシカルな音楽って新鮮です。これがキッカケでKRYZLER & KOMPANYなんかも遡って聴きました。仕事のBGMには持って来いです!

天は二物を与えました。




リヴクリスティン


最も最近のお気に入りは、Gothic MetalバンドLeave's EyesからLiv Kristine嬢です。BONDの影響でクラシカルな旋律が非常に好みになってしまいまして、それに繊細な女性ヴォーカルが乗っかってくると、非常に心地よいのです。まだ、アルバム2枚を発表しただけの新人バンドですが、今後の活躍に期待ですね。





きっとこういうタイトルを付けると、すぐさまH系のトラックバックが付くんでしょうね。でも、トラックバック拒否はしませんよ。削除も止めました。禁止IPも止めました。徹底的に無視です!

その内気が向いたら『日本人編』でもやりたいと思います。


***** 追記 *****

HEARTのNancy WillsonとFleetwood MacのStievie Nicksは惜しくも次点でした。

Nancyのおネェチャン(Ann Willson)の方は黒髪なのでノミネートされていません・・・舎弟殿悪しからず・・・

3台のTVが音を出す
12人の人間が喋る

参ったぁ~
許してぇ~

2005年もあと残す所僅か1日ですね。正確にはあと22時間と30分といった所でしょうか。

父ちゃんは今年1年何をやっていたんでしょうかね。チョッと振り返ってみることにしました。


2005年1月

年明け早々の出張。福島県で1ヶ月間拘束状態でした。韓国某企業向け生産設備装置の工場内試験調整を行っていましたね。扱った事がない装置だったので苦労しました。結局この仕事は下僕に任せて、韓国へ行く事はありませんでした。現在韓国はその下僕のテリトリーとなっています。


2005年2月

初めてブログに記事をUPしていますね。IDを取ったのは、ず~っと前なんだけど、恐る恐る記事をUPしました。ブログよりも自分のHPのほうに力を入れていました。今じゃすっかり反対になっていますね。福井県の某現場にも出没していますね。カーナビで高速道路の入口をセットしたはずが、なぜかことごとくラブホテルに誘導されていました。


2005年3月

ほぼ毎日のように記事をUPしています。そうそう、地元北海道の某システムがテンパッちゃって、ソフトハウスに軟禁されていましたね。その後、色々とトラブルは発生しましたが、何とか納まりました。現在この件の改修工事やら機能追加やらが入ってきています。なみへ~の記事なんて書いていますね。車であっち、こっち走り回っていました。


2005年4月

アメブロのシステム変更があったんですね。タグの使い方なんて覚書を書いています。2005年第1回目の訪中も果たしています。反日のデモが大々的に報道されている時で、かなりビビッて渡航しましたが、現地はそんな騒ぎなど皆無で、毎日のように飲んでいましたね・・・お客さんのお付き合いでしょうがなくね。ジャガポックル旋風が巻き起こりました。


2005年5月

15日を境にプッツリと記事の更新が無くなっています。また福島で捕まっていた時期ですね。中国向けの生産設備の第1弾を試験調整していた時期です。GWも家に仕事を持ち帰って、猛烈に仕事をしていました。それでも追いつかないで、工場の中で必死にプログラムを叩き込んでいましたね。本当に辛い時期でした。


2005年6月

記事は後半からです。丸々1ヶ月間工場内で捕まっていました。何となく形をつけて、出荷させてしまいましたね。そら豆君と友達になりました。そうかぁ~MUSICAL BATONを貰ったのはこの時期だったんだね。このバトンを通じて交流が一気に加速しました。本格的にブログにハマった時期でもありますね。


2005年7月

この月も半分くらいしか記事をUPしていませんね。中国向けの設備第2弾の工場内試験調整が始まっています。第2弾の出荷を行って、第1弾の中国現地立上げを行っています。2回目の訪中ですね。しかし、福島出張の区切りを付けて、一度北海道に戻れるかと思っていたら、そのまま真っ直ぐ中国行きです。人使い荒いよなぁ~


2005年8月

前半は中国に行きっぱなしですね。後半戻ってきてから、新しい中間が2人増えました。ベースのポール君と通勤用のキッド君。昔はバッキバキに弾きこなしていたベースですが、勘を取り戻すのに四苦八苦しています。それは現在もまだ続いていますが、大分マシになってきたようです。同窓会が開かれたんだけど、当日は香港に滞在していて出席できなかったんだっけ。


2005年9月

この月も更新は半分くらいですね。第1弾のクレームが大群で押し寄せてしまい、急遽中国に飛んでいます。戻ってきた後は、出席できなかった同窓会の写真を貰っています。みんな老けてるんだよね。時の流れを感じさせられました。そして4回目の訪中です。こちらの訪中は予定通りの渡航でした。


2005年10月

この月の更新もやっぱり半分なんだな。前半は中国でお仕事です。中国で遊んでいた話ばっかり書いていますね。まじめに仕事もしていたんですよ。今度機会があったら、父ちゃんが仕事している風景を写真に撮ろうと思っています。ドラえもんみたいな格好していますよ。一度戻ってきてから、追加工事で5回目の渡航を行っていますな。


2005年11月

スクラップブックが出来たんですね。この11月は忘れもしない(っつったって先月でしょう?)旅をしていますね。この香港への一人旅は父ちゃんを成長させてくれました。色々と考える時間を作ることが出来て、本当に有意義に過ごせたと思っています。しっかし、7月から11月まで毎月のように海外に出ていますね。


2005年12月

ここに来てやっと、ほぼ毎日の更新が出来るようになっています。転職の話が舞い込んだり、嫁との確執があったり、転職を断念したり・・・ガンガンと走り回ってもいますね。そして、今日を最後に2005年も終わろうとしています。


ブログの更新が無いってことは、大半が出張しているって事で2005年は、ほぼ半分(それ以上か?)家を空けていた事になります。2006年はどうなるんでしょうか?今の会社の上層部からは、会社に残って管理側にウェイトをおけと言われましたが、一方で下僕の派遣を要求されていたりします。仕事量は変わりなく、下僕を差し出すことで人員は減るわけですから、自ずと父ちゃんが活動するようになると思われます。しょうがねぇな。いっちょうマレーシアにでも行ってやっか!


月に半分しか更新しないようなブログを購読していただいている読者様。その数73名様になりました。感謝・感激しております。落ち込んで毒を吐いた時に、皆様から寄せられるコメントが父ちゃんを浄化してくれます。本当にありがたい。でわでわ、皆さん良いお年をお迎え下さい。2006年も皆様に幸多かれと、影ながらお祈りしております。


2006年もひとつ

└( ̄▽ ̄ )ヨロシク♪って事で!


んじゃ、宴の準備でもすっか!

最近色々とお騒がせしました。ついでにもう一つお騒がせしちゃいます。

こちらの記事で 、転職を考えておりまして、結構その気になって色々と調べておりました。

んで、22日に北海道の偉いさんとお話をしてきまして・・・会社内でも取締役クラスの非常に偉い人です。先日お誘いを頂いた元上司は同席しませんでした。


前の会社に入社する時も、この方の面接だったんですよね。当時は札幌営業所所長さんでした。お互いに気心も知れていますので、本当にざっくばらんと話をさせていただきました。現在の会社の状況・今後の展開予測・自分がなすべき事など、とんとん拍子で話は進んで行ったんですね。その時は父ちゃんもやる気満々でしたから・・・


条件面での話しになって、父ちゃんの状況を説明しました。これはもう単身赴任しか道はないと言うことで・・・父ちゃんもそれは覚悟の上ですし、家族も渋々ながら納得はしていました。んで、肝心要の待遇面についての協議となった訳ですがね・・・


これが芳しくない・・・問題点が3つ。


まず、考え方の違いが一つ。

『ずっと残っていた社員の頭を越えさせる訳には行かない。』とのコメント。

一度傾きかけた会社です。それを支えてきた人達には敬意を表します。別に役職について拘る必要もありません。それはそうでしょうと納得しました。

『評価は0から始まる』でちょっと待てよ・・・と

父ちゃん、今の会社でもそれなりの地位と将来があります。それを棒に振って転職するんです。今回のこれは【ヘッドハント】でしょ?と【一般の新規採用】とは訳が違うんじゃないの?と思いました。まぁここはおとなしく、向こうの出方を観察する事にしたんです。


二つ目が予想年収の開き

予想を遥かに下回りました。これには絶句。残業という不確定要素を含めて、ようやく今の年収に届くか届かないかのギリギリの金額です。単身での赴任手当についてもスズメの涙でしたね。父ちゃんはここで大きくため息を吐きました。

今の父ちゃんは管理職なので、どれだけ残業しようとも固定給みたいなものです。その他に出張という名目の源泉徴収に乗ってこない収入が別にあります。父ちゃんはこれで自分の小遣いを賄っている訳ですが、この収入が断たれます。

その他に携帯電話を会社から渡されています。この料金も新たに自分で賄わなければならなくなります。その他色々と不都合になる事があり、それを金額換算すると、やっていける金額ではないのです。金額については交渉の余地ありと言って頂きましたが、幅がありすぎます・・・


最後が家族の反対

これは予想通りだったのですが、この年収を嫁に伝えた所『止めて下さい』の一言が・・・多分残業時間は提示された時間を上回ると思われます。初年度の評価がゼロでも2年目からは、評価を上げていく自信もあります。仕事自体も非常にエキサイティングなものです。ただ、それはどれも予想の域を出ることはなく、想像の世界です。今年から来年にかけて、非常に金のかかるイベントを控えています。今転職するとそのイベントをクリアする事が出来ないのは、誰の目から見ても明らかな事です。


非常に残念です。規模の大きな仕事でした。今のキャリアを捨ててもやってみたい仕事だったのですが・・・捨てたキャリアを挽回する自信もあったのですが・・・将来を夢見ていても、今の足元がおぼつかないものであれば、その将来も水泡に帰してしまうでしょう。そう判断しました。


tomatomaさん 色々とお気遣いのメールを有難う。父ちゃんのリクエストにも親切にお答え頂いて本当に有難う。でも、父ちゃんは北海道に残る事に決めました。父ちゃんは、今の会社でキャリアアップを計る事とします。年末年始にかけて、やらなきゃいけない事・決断しなければいけない事も増えました。


2006年は飛躍の年であるよう自分自身に磨きをかけたいと思います。